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アレルギーSTORY

完全除去からの卒業

2013.12.27

投稿者
おかだ

Author おかださん

鶏卵(アナフィラキシー)、牛乳、そば、鶏肉、キウイでの食物アレルギー経験あり。完全ではないですが徐々に許容量が増えてきました。

食物アレルギーのある人:本人
アレルゲン:鶏卵・キウイ・ネコ・スギ
発症時期:1歳~
現在の年齢:25歳

大学生まで悩まされた食物アレルギー

私が最もひどかったアレルギーは鶏卵で、1歳ごろに発症しました。
発症後すぐに重症化しアナフィラキシー型アレルギーとなりました。
また牛乳・そば・鶏肉・キウイ等にもアレルゲンが広がり、毎食母親がかなり気を遣っていたようです。
鶏卵以外のアレルギーは小学校くらいでだんだん改善されましたが、鶏卵については中学・高校・大学とずっと治りませんでした。
また中学1年生の時に花粉症が重症化しました。
硬式テニス部だったのですが、屋外での練習がかなりきつくなり部活をやめ文化部に移る、ということもありました。

厳密な食事制限

鶏卵は1gでも食べると吐き気等の自覚症状が出るため、厳格に除去していました。
揚げ物の衣、ハンバーグのつなぎ、卵を使ったパンやスイーツも食べませんでしたので、かなりきつかったです。
特に外食時はかなり気を使い、原則としてアレルゲン用メニューのあるような店でしか食事ができないような状態でした。

幸せになるためには

アレルギーがなかなか治らなかったため、「幸せになるためには、勉強して身を立てるしかない。」と考えて、大学受験、その後の資格受験、就職活動等も人並み以上にがんばりました。
そういった活動が落ち着いた大学4年生の頃、減感作療法を知りました。
「社会人になる前に、できるだけのことはしておきたい。」と考え、減感作療法にチャレンジする決断を下し、相模原病院に入院しました。

減感作療法で判明した衝撃の事実

相模原病院ではまず減感作療法のリスク等について説明を受け、その後短期入院を行いました。
短期入院では、徐々に鶏卵の摂取量を増やしていくことで、どの程度が摂取許容量なのか判断していきます。
徐々に増やしていく中で、私は加熱全卵まるまる一個分を摂取しても著しい発作はでませんでした。
加熱全卵を一個分食べた際はかなり気分は悪くなっていたのですが、幼少時のようなアナフィラキシーショックは起こさなくなっていました。
ずっと除去をしていたのでわからなかったのですが、入院する前に、鶏卵アレルギーが少しづつ改善していたようなのです。
医師からこれからは長期の入院は必要なく日常生活で少しずつ鶏卵を摂取するよう指導を受けました。

減感作療法後の生活

減感作療法後、最初は恐々でしたが徐々に鶏卵が含まれた食品も口にするようにしました。
今は揚げ物やラーメン等、つなぎで鶏卵を使っている食品は日常的に食べています。
しかし非加熱卵や卵焼き等は感情的な拒否感もあり、無理して食べてはいません。
日常生活がかなり人並みに送れるようになったことで、「人並みに幸せになるためには、勉強して身を立てるしかない。」という考えはかなり薄れました。
その一方で「せっかく生きているのだから、何か人のために役に立ちたい。」という思いが強まり、NPOでのボランティアに取り組んだり、社会のためになる仕事を重視するなど、かなり生き方も変化しました。

食物アレルギーに対して思うこと

食物アレルギーで一番辛かったのは、学校給食等他の人と同じものを食べなければいけない状況で、少し違うメニューを食べなければならない時でした。
他の人が羨ましいというより、「みんな同じものを食べる空気」の中で他の人と違う行動をせざるを得ない状況が一番辛かったです。
今後、日本がより多様性を認める社会環境になると、アレルギー持ちにも生活しやすい世の中になると思っています。

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